2015年7月9日木曜日

あるトルコ人のお話。僕はこのままで本当にいいのだろうか

自分は今の状況にあまえてるのじゃないか。何かもっと必死さが足らないのではないのか。
そう思った出来事がありました。

あるトルコ人のクラスメートのお話です。
彼は最近勉強に集中できずにいました。ちょうどイスラム教のラマダンという時期で、日のある時間帯に食事を摂取することが出来なかったのでそれのせいかなって思っていたのですがひょんのことから仕事が大変すぎるということが主な原因だと知りました。

もっと勉強にだけ集中すればいいのにとアドバイスをしたところ、彼は十分なお金がないらしく働かなければならないと。トルコからオーストラリアに来るときにはギリギリの貯金でこっちに来ていたので週に22時間働いていました。家に帰るときは12時を回ることも。

彼は言います。
僕はトルコでソーラパネルを開発していたエンジニアでトルコでは良い立場だったんだよ、と。現実は厳しい。自分の国の会社ではトップのエンジニアだったのに今はなんだ。ケバブショップの店員でオーストラリア人の子供にすらちゃんと英語が通じていない。

それを聞いたとき、自分は甘すぎるんじゃないかと思いました。
お金をそれなりに貯めることが出来る国から来たおかげで、勉強に集中できる環境にいます。この人はこんな状況で必死に頑張っているのに僕は今の環境に甘えているんじゃないのか、と思いました。
決して甘えて遊んでいるわけではないです。オーストラリア人とどこかに行くとき以外はひたすら節約と図書館で勉強の日々をしていますが、何か違う。そんな気がしました。

トルコ人の友達からそのお話を聞いている時、彼と僕の状況は違いますが、まるで他人事ではないような気持ちになりました。

彼は最後に、オーストラリアに暮らしたいがおそらく自国に戻らなければならないだろう。オーストラリアでの現実は厳しい。そう言っていました。

オーストラリアに住みたい人、全員が住めるように。
みなさん頑張りましょう。




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